SaaSのエンタープライズ展開――営業を増やす前に、ユースケースを一つに絞る
「何でもできる」と伝えるほど、要件が膨らみ決まらなくなる。SFA・CRM・ERP周辺の提案をもとに、執行役員CROの奥居大輝が、ユースケースの絞り方と稟議・セキュリティ・導入支援の設計を解説します。

この記事のポイント
- 「何でもできる」という提案は、要件を膨らませ、顧客の意思決定を難しくすることがある。
- 業界・部門・一つの業務まで絞り、具体的なデモを使って需要を確かめる。
- 利用価値だけでなく、予算・決裁ルート・セキュリティ確認・導入支援まで設計する。
この記事の目次
「何でもできる」より、「この業務を変えられる」ニッチなユースケースは、仮説とデモで探す現場の「使いたい」と、会社の「導入できる」は違うトライアルも、始め方と使い方を設計する営業を増やす前に、最初の提案を一枚にする「どこの部門の、どんな業務でも管理システム化できます」
私自身、SFA・CRMやERP周辺の提案で、そうした売り方をしていたことがあります。営業支援、顧客管理、基幹業務など、対応できる範囲の広さを伝えれば、それだけ多くの課題に応えられると思っていました。
ところが、実際には逆のことが起きました。
「あれもやりたい」「これも管理したい」と要望が積み重なり、何から始めるかが決まらない。できることを広く伝えるほど、検討することも増えて、提案がまとまらなくなるケースがありました。
この経験から、エンタープライズ展開で営業人員を増やす前に取り組みたいのは、最初に提案するユースケースを一つに絞ることだと考えています。
大企業に提案するからといって、最初から大きな提案が必要なわけではありません。まず、相手が導入を判断できる大きさまで、解く課題を具体的にすることが重要です。
「何でもできる」より、「この業務を変えられる」
機能の幅が広いSaaSには、さまざまな業務で使える強みがあります。ただ、その可能性をそのまま並べても、顧客にとって分かりやすい提案になるとは限りません。
「何にでも使える」と言われた相手は、自社のどの業務で使うかを考えるところから始めなければなりません。複数の要望が出てくれば、その中で優先順位をつけ、最初に取り組む範囲も決める必要があります。
そこで、私が行ったのは、対象となる部門の業務を一つ取り出して提案することでした。
例えば、製品開発や部品の原価計算に関わる部門での、見積書の作成や、その承認ワークフローの設計です。「どんなものでも管理できます」ではなく、「まずは、この見積書を作成する業務を簡単にしませんか」と持っていきます。
そうすると、相手も「今回は、この業務についての提案なのだ」と認識できます。提案の範囲が明確になり、話をスムーズに進めやすくなりました。
また、最初から広い範囲を扱わないことで、導入金額を抑えた提案もできました。私が経験した案件では、それが稟議にかかる時間を短くすることにもつながりました。
もちろん、金額を下げれば必ず承認が早くなるわけではありません。大切なのは、値引きではなく、最初に解決する業務と提供する範囲を絞ることです。
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| 提案の切り口 | 顧客が検討すること |
|---|---|
| どんな業務でも管理できます | 何に使うか、何を優先するか、どこまで導入するか |
| この部門の見積書作成を簡単にします | 今の作り方とどう違うか、この業務に導入する価値があるか |
プロダクトの可能性を狭めるのではなく、最初に価値を確かめてもらう入口を定める。私は、その違いが大きいと思っています。
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ニッチなユースケースは、仮説とデモで探す
では、どの業務に絞ればよいのでしょうか。
私の場合は、まずこちらで仮説を立てて持っていきます。その業界、その部署で、面倒な作業になっていそうなものは何か。帳票を作るなら、どんな情報を集め、どういう形式にまとめているのか。そうした業務の進め方を具体的に想像します。
その上で、実際の業務で使っていそうな帳票に近いデモを見せながら、話を聞きます。
「御社でも、同じような形で作成されていますか」
「もし、この作業がこれくらい簡単になったら、どれくらい助かりますか」
抽象的に困りごとを聞くよりも、目の前に具体的なものがある方が、相手も自分の業務と照らし合わせて話しやすくなります。こちらの仮説が違えば、その違いを教えてもらうこともできます。
ここで目指しているのは、こちらが選んだ業務に無理やり当てはめることではありません。提案の中で、狭いけれど確かに需要がある場所を見つけていくことです。
対象を絞るだけなら、いくらでも細かくできます。ただ、誰も困っていない業務を細かく切り出しても意味がありません。具体的に見せて、反応を聞き、仮説を修正する。その往復が必要です。
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現場の「使いたい」と、会社の「導入できる」は違う
ユースケースが明確になっても、現場の責任者が賛成すれば、そのまま導入できるとは限りません。
私が経験した中では、中小規模の企業への提案ではそこまで重くなかったセキュリティ面の確認や見直しに、2〜3か月かかるケースがありました。また、購買部の承認などが必要になり、導入時期が2〜3か月後ろ倒しになることもありました。
現場では進めたいと思っていても、組織として確認しなければならないことが残っている。これは、現場担当者の意欲とは別の話です。
だからこそ、初回商談で予算感を伝えた段階から、決裁のルートも確認します。
「このくらいの予算であれば、どなたの承認が必要ですか」
「どの部門で稟議を進めることになりますか」
最初に扱う業務を絞って金額の見通しを示すと、誰が判断する提案なのかも確認しやすくなります。
小さく始めるのは、必要な承認を省くためではありません。顧客が何を、どの範囲で判断すればよいかを明確にするためです。機能を説明するだけでなく、導入を決められる条件まで一緒に整理する必要があります。
トライアルも、始め方と使い方を設計する
「まずはトライアルで試しましょう」となっても、それですぐに利用を開始できるとは限りません。トライアルの段階から、セキュリティチェックが必要な場合もあります。
そのため、私はセキュリティ確認を進めながら、同時にトライアルの案内や準備も進めることがあります。必要な確認を終えてから初めて案内を始めるのではなく、並行できる準備は先に進めておくという考え方です。
ただし、利用開始や実データの投入は、顧客側で必要な承認を得てからです。準備を並行することと、審査を飛ばして使い始めることは別です。
また、私が支援してきたのは基本的にSaaSで、顧客ごとの個別開発を行っていたわけではありません。一方で、導入支援では、経験の浅い方も含め、実際に関わる利用者に向けたオンボーディングのレクチャー会を個別に開催したことがあります。
提案を理解した責任者と、日々そのサービスを使う人が同じとは限りません。何を導入するかだけでなく、誰がどう使い始めるかまで考えることも、導入を進める上で大切です。
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| 導入に向けた確認 | 先に明確にしたいこと |
|---|---|
| 利用価値 | 最初にどの業務を変え、何を試すのか |
| 予算・稟議 | 想定金額に対して、誰の承認が必要か |
| セキュリティ | トライアル前に必要な確認と、利用開始の条件 |
| 利用準備 | 誰が使い、どのような説明やレクチャーが必要か |
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営業を増やす前に、最初の提案を一枚にする
エンタープライズ展開が進まないとき、商談機会や営業人員が足りないのか。それとも、提案する範囲が広すぎて、顧客が判断しにくいのか。この二つは分けて考えたいところです。
後者であれば、人を増やす前に、最初に提案するユースケースと、その提案材料をつくる必要があります。
まずは、次の四つを一枚にまとめてみてください。
- 対象:どの業界の、どの部門に提案するのか。
- 業務:その部門の、何という作業を一つ変えるのか。
- 見せ方:今の業務と導入後の違いを、どんな帳票やデモで示すのか。
- 導入条件:どのくらいの予算で、誰が承認し、何を確認すれば始められるのか。
その一枚を持って顧客に会い、ご意見をいただく。需要があると分かったところから、最小限の範囲で始める。私が大切にしているのは、この進め方です。
SaaSのエンタープライズ展開は、単に営業先を大企業に変えることではありません。どの業務を入口にし、どんな価値を示し、どう導入してもらうかを設計することです。
大きく広げたいからこそ、最初は一つに絞る。その入口を見つけることから、GTMを考えてみてはいかがでしょうか。
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